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東京地方裁判所 昭和62年(レ)111号 判決 1988年3月18日

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、昭和六一年一二月以降、訴外甲野一郎(以下「甲野」という。)を雇用していた。

2  被控訴人は、宮古簡易裁判所昭和五三年(ロ)第一四号仮執行宣言付支払命令に基づいて、東京地方裁判所に対し、甲野を債務者、控訴人を第三債務者とする債権差押命令の申立て(昭和六一年(ル)第六一五〇号)をし、同裁判所は、昭和六一年一二月八日、甲野が控訴人から支給される給料から給与所得税及び社会保険料を控除した残額の各四分の一ずつを、三七八万一〇〇八円に満つるまで差し押える旨の債権差押命令(以下、「本件差押命令」という。)を発した。

3  本件差押命令は、昭和六一年一二月九日控訴人に、同月一一日甲野に、それぞれ送達された。

4  控訴人から甲野に対し支給されるべき各月分給料から給与所得税及び社会保険料を控除した残額の四分の一は、昭和六二年二月分については六〇〇〇円、同年三月分から六月分までについては各一か月あたり三万六〇〇〇円を下らない。

5  よって、被控訴人は、控訴人に対し、民事執行法一五五条に基づき、右4項の金員の合計である金一五万円及び訴状に代わる準備書面送達の日の翌日である昭和六二年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5は争う。

三  抗弁(請求原因1に対し)

甲野は、昭和六二年一月二三日、控訴人を退職した。

四  抗弁に対する認否

認める。

五  再抗弁

1  甲野は、昭和六二年二月二四日、控訴人に再就職した。

2  給料債権についての差押命令の送達後に債務者が勤務先を退職した場合でも、短期間のうちに同一の勤務先に再就職したときは右命令の効力は再就職後の給料債権に及ぶというべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。

2  同2は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁の事実は当事者間に争いがない。

三  再抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件差押命令の効力が甲野が再就職した後の給料債権に及ぶか否かについて判断する。

労働者が雇用先を退職した後同一雇用先に再就職した場合、給料債権発生の基礎となる法律関係は、労働者の退職前と再就職後とでは別異のものと解されるから、右退職が執行を免れるため仮装のものと認められるような特段の事情がある場合を除き、退職前に発生した給料債権差押の効力は、再就職後の給料債権には及ばないというべきである。

これを本件についてみるに、甲野の退職から再就職までには、一か月という比較的短期間の隔たりしかない。しかし、他方<証拠>によれば、(一)甲野は、本件差押命令の送達を受けたことから、控訴人に迷惑がかかる恐れがあると考え、昭和六二年一月一〇日ころ、控訴人に対し退職を申し出たところ、控訴人は同月二三日付をもって退職の手続をとったこと、(二)その際、給与関係の清算はもとより、健康保険等の被保険者資格を喪失させる手続がとられ、そのため再就職の際には新たに被保険者資格取得の手続がされている(したがって、再就職後の健康保険被保険者証の番号は、退職前のものとは異なるものとなった。)こと、(三)甲野は、控訴人を退職後翻意し、控訴人東京支店長に対し、控訴人に再就職したうえで被控訴人との間の紛争を解決したいので同課長の助力を請う旨申し述べたことから、同課長の奔走により再就職が実現したことが認められ、これらの事実に照らすと、前述した退職から再就職までの期間の短かさから直ちに退職が執行を免れるための仮装のものであることを推認することはできず、他に右仮装の事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被控訴人の再抗弁には理由がなく、本件差押命令の効力は甲野が再就職した後の給料債権には及ばないというべきであって、被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

四  よって、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 氣賀澤耕一 裁判官 太田晃詳)

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